コラム 2023.09


美麻珈琲15周年によせて
 


 サントアンは三田市の洋菓子店の他に、長野県大町市に美麻珈琲というコーヒー専門店も営んでいます。遠く離れた店舗について詳しく触れる機会があまりなかったので、今年15周年の機会にご紹介できればと思い、前月号(※1)から美麻珈琲について書いています。

 

 ゴールデンウィークやお盆などのお客様が多い大型連休は、サントアンからスタッフ数名が美麻珈琲の手伝いに出かけます。この夏のお盆期間も三田から新入社員2人を車に乗せて手伝いに行きました。

 

 車で移動する往復14時間は思いの外、大切なコミュニケーションの時間になります。

何を考えながら働いているのか、将来はどんな人になりたいのか、サントアンでチャレンジしたいことは何か、得意な仕事の話、一緒に働くスタッフの話など、日頃ゆっくりと話せない、いろんな内容を聞かせてもらいます。しばしの沈黙の気まずさや遠慮がありつつも、互いをよく知ろうとする貴重な時間の中に知らない一面を見たり、会話の中から新しいアイデアが生まれたりして、スタッフひとりひとりに光が当たります。

 

 美麻珈琲に寝泊まりしながら、初めて会う現地スタッフと初めての仕事をします。いつもは別々に暮らす面々も、この期間は起床から寝るまでの時間を共にして、仕事以外の暮らし、人間関係、長野の自然を体感します。

 

 忙しくても、食事は必ず一緒に作って食べて、手作りの健全な食事が健康的な体を作ってくれることを切々と伝えます。健康な体には健康な心が宿り、よい暮らしがよい仕事を生み出すことを肌で感じてもらうのです。

 

 暮らしと仕事がつながっている体験をすること。お客様とスタッフが対等で心通う人間関係に触れること。自然と人の関わりを謙虚に学ぶこと。どれもこれからのサントアンが大切にしたい考えですが、日々の業務からは伝わりづらい価値観です。繁忙期の手伝いという名を借りて場所や時間を変えると、見え方や感じ方が変わり、その価値を共有できると思います。価値を共有した心強い同志が増えれば、もっとおもしろい世の中を作り出せるんじゃないかと考えています。

 

 私は、2020年サントアンに戻ってくるまでの13年間、美麻珈琲に住みながら店を切り盛りし、暮らしと仕事がつながった毎日を過ごしました。

薪を焚べて部屋を暖め、草を刈って、雪をかいてお客様を迎え、お客様がいつのまにか友達になって、同じテーブルでコーヒーを楽しみます。身近な自然と人間のリズムが調和しながら季節が巡り、畑を耕し野菜を育て、山菜を探して野山に入り、手作りの豊かな食事が健康な体を支えます。そんな日々の中で自分の満足がいくまで仕事に打ち込みました。そうした自然に沿った暮らしが、今の私の価値観を支える土台となっています。

 

 即時的な経済合理性を優先しすぎたために、支え合うものが切り分けられて、バラバラになりすぎてしまったと感じています。暮らしと仕事、お客様と働く人、自然と人、労働と喜び、本来それらは繋がりあっています。

私たち人間が豊かさや幸せを感じる源は、そんなに合理的でも分業的でもないと思うのです。美麻珈琲で過ごした13年間が、もっと人間らしく、非合理で境目があいまいな営みが取り戻されても良いのではないかと語り掛けます。

 

おおらかで人間味のある人が創りだすコーヒーとケーキが、この不安だらけの社会をちょっとだけ生きやすくしてくれるのではないかと夢見ています。