育てるように作る(内田悟史さん サントアン パティシエ)


「縁の下の力持ちのような仕事ができるんじゃないかなって思うんです」。

 サントアンのパティシエになって6年目の内田悟史さんが、普段の仕事について話してくれた。パティシエの仕事を想像するとき、色とりどりのフルーツを飾ったり甘い生クリームをふんだんに絞ったり、どうしても華やかなイメージが先行しがちだけれど、「縁の下の力持ちのような仕事」とは、一体どんなものなのだろう。

 内田さんは子どもの頃から甘いものが大好きで、将来の夢はお菓子を売ることだった。しかし、生クリームだけは油っぽいのがどうも口に合わず食べられなかった。そんな内田さんが中学生の頃。普段からパンやお菓子を手作りしてくれていたお母さんが、その日もいつものようにバナナの入ったパウンドケーキを焼いてくれた。最初はそのまま食べていたが、ふと隣を見たとき、パウンドケーキに生クリームをつけながら美味しそうに食べている兄弟たちが気になった。

 『それつけたら、そんなに美味しいの?』そう思い自分もつけて食べてみると、意外にも美味しくて食べることができた。それまで食べられなかったものを美味しいと感じた自分に驚き、そのときのことがきっかけで内田さんは洋菓子に興味を持つようになり、パティシエの道に進むことになった。サントアンで働き始めてからは今年で6年目になる。

(内田)「今はショーウィンドウでケーキのデコレーションを担当しています。実は人前で何かをするのは少し苦手なんですけどね。時々目の前でお客さんが僕の作業をジーッと見ておられて、焦って手がプルプルしたりして(笑)。シャイなんで本当は厨房にこもって作業する方が落ち着きます(笑)。まぁでも今は修行するつもりで頑張ってます」。

 ショーウィンドウは、売り場と厨房の間にあるガラス張りの作業場で、お客さんはパティシエが作業している姿をガラス越しに眺めることができるようになっている。たしかに、自分がオーダーしたケーキがどんな風に飾りつけられて完成するのか、近くで見たい気持ちになるのはよくわかる。

(内田)「見られると緊張はするんですけど、この間、フルーツがいっぱいのったケーキをデコレーションしてたときに、それを頼んだお母さんと子どもさんが前で見てて、すごい笑顔で喜んでくれてたんです。そのとき、あぁーよかったなぁって思って。そういうのを見れるのはやっぱりいいですね」。

 普段直接お客さんと接する機会が少ないパティシエという仕事。その分、自分の作業を見て目の前でお客さんが喜んでくれることは、より一層嬉しいことなのかもしれない。そんな内田さんだが、実は入社してからつい最近までの5年間ずっと担当していたのは焼き菓子で、その分焼き菓子の仕事に対する熱量は大きい。

(内田)「生地を作る作業が個人的には好きなんですよ。自分の手を入れて混ぜているうちに、〝生地を育てる〟みたいな感覚になったりして。昔から工作が好きで、自分でゼロから作り上げていく感じが好きだったんです。お菓子作りも同じで、最初に作り上げていく生地に興味があるんですよね。一見地味に見えて、実は縁の下の力持ちのような、そんな風に周りを支えられる仕事ができるんじゃないかって」。

 育てるように生地を作る。そして〝縁の下の力持ちのような仕事〟という表現は、まさに穏やかな雰囲気を醸し出しながら裏での作業が落ち着くと話す内田さん自身とリンクしているようにも見える。

 また、内田さんは教えてもらった通りにそのまま作り続けるのではなく、ほんの少しずつ自ら工夫しながら、より美味しく焼ける方法を模索してきた。材料を入れる順番を少し前後させてみたり、焼く温度をほんの少しずつ変えてみたり。自分で工夫を重ね、やり方を少しずつアレンジしていく。不思議とその出来上がりがうまくいかないことはほとんどなかった。きっとそれは、それだけ内田さんの勘がいいということなのだろう。そしてその勘の良さは、内田さんの意外な習慣に繋がっていることがわかった。

(内田)「僕、人を観察するのが好きなんですよ、昔から。学校で授業受けてる時も、黒板じゃなくて先生とか周りの人をぼーっと見てたりとかして。授業には集中できてないんですけど(笑)。日向ぼっこしてたとしても、無意識に人を観察してたり。そうやって人をよく見るのが好きっていうことが、他の人のやり方に敏感になれたり、生地の微妙な違いを見れたりするのに、もしかしたら繋がってるのかもしれないです」。

 生地のことも、人を観察するのと同じように見ている。内田さんが〝育てる〟という言葉を使う感覚がこちらに伝わってくる。

(内田)「働いてて一番嬉しいのは、自分でアレンジしてみて『前よりも美味しくなったね』って言ってもらえるときですかね。モチベーションになる。そのかわりプレッシャーでもあるんですけどね。でもだからこそ、もっともっといいの作ろうっていう気持ちになって美味しいものができるんだと思ってます」。

 話をきいているうちに、内田さんから焼き菓子に対しての芯の強いこだわりのようなものが感じられた。しかし、そう伝えると内田さんからは意外な答えが返ってきた。

(内田)「うーん…そういう見方もできるんかなぁ。でも、僕別に仕事がすごい好きっていう訳でもなくて(笑)。できることなら働かずに生きていきたい人間なんで(笑)。でも『やるならこうしたい』とか、『自分がやりにくいからこう変えよう』とか、そういうことを素直に実践していってるだけなんですよね」。

 傍から見ると意識を高く持って取り組んでいるように見えても、内田さん本人は力を抜いて気持ちの向くことをしているだけなのだ。着飾ることなくシンプルにそう答えてくれる姿が、また魅力的だった。

 サントアンでデコレーションケーキを買うときにはぜひショーウィンドウを覗いてみて欲しい。内心では少し緊張もしながら、黙々とケーキを仕上げてくれる内田さんの姿が見れるはずだ。


(プロフィール)
内田悟史 サントアン パティシエ
栃木県出身、近畿大学卒業。
製菓専門学校を経て2015年サントアン入社。
焼菓子部門5年担当後、この春からデコレーション部門配属。

取材と文章:増永愛子