畑の向こう側(あまくぼ農園 久保和也さん)


三田市井ノ草で農業を営む久保和也さん。月に一度サントアンの駐車場で開催されている「サンマルシェ」に出店してくださっています。有機JAS認証を取得し、久保さんとお父さんと2人で野菜やパッションフルーツを栽培している「あまくぼ農園」を訪れました。

 夏真っ盛り、畑には元気いっぱいの夏野菜とパッションフルーツがたわわに実っていました。ツル(木?)に実るパッションフルーツを見たのは初めての体験で、生き生きとしたつるつるぴかぴかの果実が印象的でした。日本中で有機JAS認証パッションフルーツを栽培している農家さんはほとんどいないそうです。他にない取り組みをされている方が身近なサンマルシェに出店くださっていることに驚きました。冬場の気温がマイナス10℃にもなる三田市で、南国生まれのパッションフルーツを作るのだから、とってもチャレンジングな取り組みだろうと尋ねたら

「こっち(三田市)でできるかわからなかったけど、岐阜県に露地栽培でパッションフルーツを大規模にやってるところがあって、そこでいけるなら三田でハウスやったらいけるかな。と思って去年、試験的にハウスで作ってみたら夏に収穫できたから、できるんや!ってなって。来年は露地栽培にも挑戦しようと思ってる。」
ここまでの試行錯誤を感じさせず楽しそうに教えてくれました。

 あまくぼ農園がパッションフルーツを作っているのには、これまでの久保さんの興味深い経歴に理由があります。
神戸市灘区出身、幼少期は六甲の山や川など自然の中で遊んで過ごし、小さな頃から虫、動物、植物など生き物全般が好きだった久保さん。大学では植物を専門に学ぶ学部へ進み、野菜の遺伝子解析などを行う為に研究材料となる野菜を自ら大学の圃場で栽培し、同時に栽培技術も学びました。

 大学生活で野菜を栽培した経験から、日頃食べている野菜がどのように作られているのかに興味を持ち、自分が食べる分くらいは自給しながら、本当の自然の多い所で暮らしたいという夢を抱いていました。卒業後は製薬会社に勤めながら6年ほどかけて移住先を探し、夢を叶える準備を進めます。

 北海道から沖縄まで週末のたびに移住の候補地を巡る旅をし、永住しようと決めた土地は鹿児島県奄美大島。人口1500人の村、200人ほどの小さな集落に移住しました。自然と触れ合い、風を感じながら働いたり暮らしたりするために農家になろうと考えた久保さん。村が所有する実証農園を管理する仕事に就き、役場農政課の農業指導員から技術指導を受けつつ南国ならではのマンゴー、ドラゴンフルーツ、パパイヤ、すもも、パッションフルーツなどの栽培と管理を任されました。奄美大島での実証農園に勤めた3年間は、農家になる為に必要な研修期間としても認められました。

 三田に1人暮らすお父さんを奄美大島に呼んで一緒に暮らすことも検討しましたが、お父さんが住み慣れた土地から引き離してしまうのは憚られました。
自身が長男であること、愛妻家のお父さんがお母さんを亡くし心配だったこと、なにより一緒に過ごしたいと考えるようになり、永住したいと思っていた奄美大島を後にし、三田市へ移住する覚悟を決めました。仕事を引退したお父さんも誘って三田の地で農家をすることにしました。

 神社の横に広がる畑からは清らかな雰囲気が感じられ、真夏にも関わらずカラリとした爽やかな風が吹き抜けます。白い板張りのかわいらしい木造2階建の農作業小屋は整理整頓された居心地の良い空間です。久保さんが農家をしながら大切にされていることを伺いました。

「いつも忘れたくない自分の基準としているところは、全ては生き物として見るところやろうな。って思います。人間も含めて。現代社会が生き物を生き物であるということを忘れやすい環境だと思っているんです。人工物に反対しているということではなくって…世の中は生き物で溢れているんです。空気中の細菌だって、畑にいるよく見てみないとわからない小さな虫だって、生き物だらけ。周りに生き物が溢れているということを忘れずに認識し続けておきたい。トマトをトマトそのものだけ見ていることが多いけど、虫や土の中の微生物などがいるから、トマトがなりたっている。いつも作物全体を生き物として見ないと現実の把握を見誤るから。」

 目の前の畑だけを見ているのではなく、いつもその畑の向こう側を感じ取りながら野菜を作っています。
 生き物が暮らす場所としての畑。誰かが作ったり食べたりする材料の一端を担う畑であること。どのような栽培方法を選択するかで、将来その土地に与える影響を左右している。いつも目に見えないその先をありありと感じているのです。

 「僕が思う気持ちの良い空間を保つためには、畑が大きすぎるのも小さすぎるのも違って、人を何人も雇用して管理する人が多くなりすぎるのも違うと感じている。自分と家族くらいで土地を丁寧に使って、誰が来ても心地が良い農園を目指したい。」

 卸販売で全国に届けながらも、地産地消を目指しサンマルシェなど直接販売で、丁寧に作ったものを丁寧に届ける取り組みを行っています。8月のサンマルシェ、あまくぼ農園のパッションフルーツをぜひ食べてみて欲しいです。


プロフィール
あまくぼ農園
神戸市出身。大学卒業後、製薬会社に勤務。その後、豊かな自然環境を求め奄美大島に家族で移住。2021年に三田に戻り、本格的に農業をはじめる。パッションフルーツをはじめ、独自の中規模生産のスタイルに挑戦している。
https://www.facebook.com/amakubofarm


取材と文章:塚口紗希