お母さんのおっぱいがおいしくなる農業(保田 茂さん 神付有機農業教室講師)


サンマルシェの実行委員や生産者の多くは神戸市北区大沢町神付地区で開催されている「神付有機農業教室」で共に学ぶメンバーで、その中で同じ志を抱き、サンマルシェを始めることになりました。実行委員の面々の気持ちを動かした「神付有機農業教室」とはどんな場所なのか?講師の保田茂先生にお話を伺いました。



―有機農業を始めたきっかけは?

1970年1月に母乳から高濃度の残留農薬が検出され、それが時の新聞の一面に大きく出て、大騒ぎなりました。それを見て、当時、大学で助手をしていた私は、これは農学部の責任ではないかと思いました。母乳から農薬が見つかるなんてとんでもないこと、当時、別のテーマで研究していましたが、これを機に有機農業に研究テーマを変えました。実は、問題意識の背景には、当時の大きな社会問題であった水俣病がすごく影響しています。いつまでも首の座らない赤ちゃん、立てないし、自分で食べられない赤ちゃんを抱いたお母さんの写真がしばしば新聞に紹介されました。その時、食べ物が汚染されたら、一番の被害者は赤ちゃんだと気が付いたのです。それから、赤ちゃんがおいしくてきれいな母乳を飲めるということを目標に有機農業の運動を続けてきたのです。
―なるほど。そのときから自分で有機農業をされていたんですか。

いや、当時、自分では有機農業はしていませんでした。それよりも、安全な食べ物を一刻も早く手に入れたいと希望する若い母親の要望に応えるため、心ある生産者をさがし、貴重な有機農産物を消費者に届ける運動に力を入れていました。さいわい、丹波の市島町の生産者がいち早く有機農業に取組んでくださったのですが、当時、有機農業技術はどこにも学ぶところがなく、生産者にはずいぶん苦労をかけました。そんなことで、大学を定年後、故郷の畑で有機農業技術の研究に着手したのです。今から15年前です。
もとは建築資材置き場だったところを開墾して畑にしたわけですから、野菜が育つはずはありません。また、これまで農家の皆さんに話してきたこともうまくいかないことが多く、反省することが多かったです。技術開発で試行錯誤しているときに、畑のそばの山の木を見て、「何でこの木たちは虫も出ないし、病気にもならないのか」と思ったのです。
そこで、改めて、有機農業は、有機質材料を畑に入れて循環させることはわかっていましたが、その循環のさせ方が大事だと気が付きました。それからいろいろとテストを重ね、今の方法で土作りをするようになると、ピタッと害虫や病気が出なくなったのです。嬉しかったですね。

―それが今の「保田ぼかし」に繋がっているんですね。

そうですね。保田ぼかしというのは、「手作り有機質肥料」のことで、特徴は「誰でも、どこでも、手軽に、低コストで栽培でき、生産物は旨い」を実現することにあります。材料はどこにでもある米ぬか、油かす、魚粉、かきがら石灰の四種類です。これを混ぜて、乳酸発酵させます。こんな作業は小学生でもできます。ここで大事にしたことはコストをかけないということです。農家の方の所得も大事ですが、若いお母さんたちが有機野菜を買えるような値段にする必要があるからです。元々、有機農業は赤ちゃんがきれいなお乳を飲めるようにすることが目標なんですから。

―たしかに。では有機農業をする上で大切なことって何ですか。

何といっても、いい土をつくることです。山の腐葉土のようないい土さえ作れば、野菜はちゃんと育ちます。そのためには、余計なものは土に入れないことです。私の方法は、完熟牛ふん堆肥、保田ぼかし、そして野草を畑にいっぱい敷く。あとは何も入れない。肥料や水のやり過ぎが野菜の生命力を低下させ、害虫や病気を呼ぶのです。だから、私の野菜栽培では水はほとんどやりません。ナスを栽培する場合、普通は毎日水をやる人は多いですが、私の方法では、水をやるのは苗を植えた時に一回だけ。あとは最後まで1回も水はやりません。それでもナスは沢山実を付けます。水もやらなくていいし、肥料は通常の半分。手間もコストもかからないし、野菜も元気になって、農薬も必要ありません。当然、安全な野菜を食べることが出来ます。

あともう一つ大事なことは、次世代の幸せを考えることでしょう。今の社会の仕組みは、次世代を犠牲にして大人が儲かるようになっています。母乳が農薬で汚染されているということは、お母さんの体が汚れているからです。ということは、その母親から生まれる赤ちゃんも汚れる。さらに赤ちゃんは汚れたおっぱいを飲むことになります。だから、食べ物を汚すと、一番被害を受けるのは赤ちゃんになるのです。皮肉なことですが、お母さんは赤ちゃんに移し替えることで体内の残留農薬が減るし、さらに、お乳からも抜くからお母さんの体は綺麗になります。結局、一番の被害を受けるのは赤ちゃんになるのです。最近、ネオニコチノイド系の農薬が増えていますが、残留性の農薬が多いだけに赤ちゃんへの影響が気になります。

―なるほど…。

利益のために多種類の農薬を使って、大人は経済的には潤うわけですが、赤ちゃんは生まれながらにして被害を受ける。そんな風に子どもを犠牲にして、お金を儲けるという大人の行為はやはり問題ではないかというのが有機農業の思想です。

―そうなんですね...。

農業は食を通して、国民を健康にする産業です。健康は幸せの土台です。その幸せの対価として価格がつく。そう思うと、今の農産物は質に問題がありそうですし、だから価格も安すぎることになっている。もっと本当の意味で、国民が健康になる食べ物を、農家の皆さんが自信を持って栽培できるようになってもらいたいですね。残念ながら、農業の本来のあり方をしっかり勉強する機会も、そんな教育機関も用意されていません。お金儲けの話ばっかりですね。だから農薬がなかなか減らないという事情もあります。その結果として、お母さんの体が汚され、一緒に赤ちゃんも汚され、若い世代にいろいろな新しい病気が増えているのではないでしょうか。農家や農業が大事にされてないという側面もありますが、一方で、国民が農家に感謝し、農業を大事にしなければと思えるような迫力ある食べ物が生産されていないのではと思います。本当の意味で「これを食べたら、絶対みんな元気になる!」といえる自信ある食べ物を作っていく必要があると思っています。そして、そういう農業を消費者がしっかり支持し、「そんな野菜なら倍で買いたい」とか、「医療費が節約できたから、その分農産物に払います」とかいうくらいの迫力で買って下さったら、まさに信頼と感謝の関係の下で農業が大きく発展するのではと思っています。

―いい形ですね。

でも、農家さんが市場に物を持って行くと、そこからまた別の人が商売するから、便利ですけれど消費者との人間関係がどうしても希薄になります。それに比べて、マルシェは昔で言う「市」、作り手が自分で持って行って、物と顔の両方を消費者にうるわけです。そこに、消費者もお金と顔を持って行って、物とお金を交換する。顔と顔は関係性になるわけです。サンマルシェでは、農家さんが自信を持って栽培した野菜を持ち寄り、そこで、生産者と消費者がしっかり出会う。消費者はそれを食べて、単においしいだけじゃなく「健康になれた!」といって感謝を持ってまた買って下さる。そんな関係性が生まれる拠点になったらいいなと思っています。サンマルシェにかける夢ですね。

―とても楽しみです。次世代の幸せを考えながら生きることが、自分たちの幸せにも繋がるように感じました。ありがとうございました。


保田 茂
1973年、兵庫県有機農業研究会を設立。事務局長として有機農業の普及につとめる。1974年より「食品公害を追放し安全な食べ物を求める会」を組織し、安全な食べ物を求める消費者運動を推進。日本有機農業学会会長、日本有機農業研究会副理事長を歴任。農業経営・地域活性化分野で活動、農業経営学に有機農業という新しい分野を切り開き、理論と実践を統合。最近では食育に取り組んでいる。2015年、兵庫県社会賞受賞。