つくるひと 2023,03


「どんな人も、その人らしく生き生きと。 人生のどの段階でも、居場所となるように」

信川 浩子さん
(サントアン接客部門 店長)

取材・文章|西 尚美



 会話の中で、信川さんはたびたび、ね、と優しく言葉をおいた。

「どうだったのですか?」という問いかけにも、「ね」と言いながら一緒に笑ったり。

ね、の中には「本当にね」「何ででしょうね」というような含みが感じられて、問いを受け取ると同時に、問いを向けたこちら側にも寄り添うような温かさがあった。  信川浩子さんはサントアンで店長を務める。

高校卒業後、声を使う仕事への憧れから劇団の研究生に。そこで初めて踏んだ舞台が楽しくて、演劇にのめり込んでいった。演劇活動をしながらサントアンで販売のアルバイトを始めたのは「ケーキが好きだったから」。

それから結婚、出産と転機を迎えながらも勤め続け、34年が経つ。  「基本は人見知りで、でも接客する以上そうも言ってられないし、今はすごく好きなんです。人と接することがすごい楽しいって教えてもらったのもこのサントアンで、それが私の今の軸、じゃないですかね」続ける中で変わっていくこと、育っていくものがあった。

高校卒業後に入った劇団には、現在も籍を置く。

「今は年に1回くらい、地方の会館に呼ばれて公演したり。コロナ前ですけど、小学校上がる前の息子も出たことがあります。クリスマスキャロルというお芝居」   接客も、演劇も、人に触れ、関わり、展開していくこと。

 「はじめたらずっと続けるんですね」の声に信川さんは「ね!」と明るい声をあげた。 「10年20年と働いて結婚を機に辞めるかなって、でも辞めなくて。

今度、出産はさすがにもうって思っていたら『帰ってくるよね』って言われて『帰ってきます』ってまた帰ってくる。お休みをいただいて戻ってきた時、『居場所がある』そうすごい感じました。ありがたいなぁって」  自分の人生の変化に合わせ、社員、パート、勤務体系も変えてもらいながら続けてきた。そしてある時、サントアンで店長になるという転機が巡ってくる。 「前の店長が退職されることになって私の勤続も長く、あなたしかいないですよね、そうですよね、みたいな感じで。

でも私、何でもできた前の店長さんみたいにはできません、って言って、いいねんいいねん信川さんらしくやったらできるから大丈夫って言ってくださったんです。何とかやってるのは、周りのみんながすごく支えてくれる、押し上げてくれる、それでできてるかなぁって」  最初の1年は店長の仕事をとりあえずやらないとと過ぎた。前の店長と同じようにはできない。でも「信川さんらしく」そう言ってもらった。  自分だからできることは何だろう。ここで働いている人たちがその人らしく生き生き働けるような、お店づくり、人づくりができたら…そんな思いが今、信川さんに宿っている。 「いろんな人がいて、いろんな働き方があって、いろんな仕事があってっていうのがサントアンだなぁって。

その人がその人らしく仕事もできて、年をとっても居場所があるような」年をとったら、お菓子の箱折りとか。そう言って信川さんは笑った。きっとその人だからできる、何かがある。

 「その人がその人らしく」そう思いが深まったのは、信川さんにとって母となり子どもを育てる経験も大きかった。 「そうならないものなんですけど、自分の思い通りにならないっていうのがまずあって」子どもとの関わりに悩んだことで足を運んだ子育ての講座で「最初に『子どもでも別の人間だから、違うからわかりあえないこともある』と聞いて、あ、そうなんだって」力が抜けた。

 人は思い通りにはいかない。自分とは違う人間だから。 相手には相手の理由があり、それぞれのペースがある。

 「今も子どもに宿題してへんで〜!って怒ることはあるんですけど『何時からすんの?』『まだ〜』『そうか、まだか〜』って受け答えができるようになって」押し付けるのではなく、対話の中で相手が進む道筋をサポートする。

 自身の子どもへの関わり方は、お店で働く仲間への関わり方にも繋がり、また「話を聞くことで働きやすくなったり、働く人本人がどうしたいか、自分の中で決めてもらう。そんな手助けができれば」対話から相手をサポートしていく、より専門的な勉強も始めた。

 お話を伺った日はちょうどお店の植栽の剪定をしていて、影になっていた枝が落ちたのか、インタビューの終盤、窓から不意に光がわぁっと射しこんできた。 「自分が頼りないから、周りがしっかりしてくれる」そう語りながらも、お店のため、周りの人のために必要なことを自ら学ぶ、信川さんがいる。

 明るい窓辺で信川さんは言う。「学ぶことは楽しいんです。息子や、お店のスタッフにも、そういう姿を見せておきたいなっていうのもあるんですけど」頑張っている自分を、時々は自分でも褒めながら。

 信川さんが息子さんと立った舞台、クリスマスキャロルもまた、普段は見えなかった他者の気持ちや背景を知ることで、孤立していた生き方から、思いやり、分かち合う生き方へと導かれていくお話だ。

 自分と違っていてもいい。その人なりの感じ方に身を寄せること。誰でも、どんな生き方でも、生き生きと働ける。そう環境をととのえていくこと。 「そこはまぁ時間がかかるかなって思っているけど」 まだまだ、幕は上がっている。必要な時間をかけて。