■つくるひと
お菓子の仕事をする、そう決めたから
西野潤子さん(サントアン製造部門 パティシエ)
取材・文章|西 尚美
大きな瞳の奥にゆらゆらっと涙が熱く滲んだのは、インタビューの中で「この仕事、お菓子の仕事をする」と決めたことに触れたとき。
西野潤子さんは、2001年からサントアンで働いているベテランのパティシエ。長く勤務しているけれど、途中、製菓学校に通いながら勤めたり、自分のお店を持つために離れたりと、道のりは平坦ではない。
自分の人生にちゃんと挑戦しているひと
聞かせていただいたお話を何度も心の中で反芻してなぞっていると、西野さんに対してそんな印象が浮かんでくる。人生に挑戦するって、高い山に登るとか深い海に潜るとかわかりやすい形ではない。自分の本心と出会うこと。そしてひたむきに、手足を動かしていくこと。西野さんの姿から教えられた。
「それこそ小ちゃかった頃なんですけど一番最初に思ったのはケーキ屋さん。他の仕事もいいなぁと思ったりもするんですけど、やっぱり一番基本にあるのはずっとケーキ屋さん」
西野さんが初めて抱いた夢はケーキ屋さん。だけどそれは夢の話。実際に歩む現実は違うと漠然と思ってきた。高校生の頃、友人たちに「やりたいのはこういう仕事だけど」と悩みながら口にしてみると、思いがけず「じゃあ一緒に専門学校行こう」という言葉が返ってきた。「それまで自分の中ではそういった選択は全然なかったけど、そこから考えるようになって。友達と一緒にやろうって言ってたことがすごくきっかけになった」
友達が一緒に夢を重ねてくれたことで、思い描くだけだったものが現実の進路に変わっていく。とはいえ体力勝負。みんなが休日を楽しむ時にこそ働き続ける仕事。ずっと抱いてきた夢だからこそ本当に歩いていけるか迷いは晴れない。きっと反対されると緊張しながら、ご両親にも初めて進路の希望を伝えた。「それまで言ったことがなかったんで、めちゃめちゃ緊張したのを覚えています。それが受け入れてくれて。あぁ、そうなんやって受け入れてくれたっていうのがすごく私の中では大きいです」
友人やご家族の後押しに触れ、自分でもよくよく考え抜いて決断。踏み出した西野さんは京都市にあったスフレ専門店に就職した。「手作りのお店で美味しくて、ここで働いてみたいなって。専門店でスフレだけだったんで毎日同じことなんですけども、嫌だなって思ったことはないです。体力的にも自分には向いてないんかなぁってはじめは。でも、好きって気持ちが大きかったから」
その後、もっといろんなお菓子が作ってみたいという思いと引越しとが重なって転職先を探し、サントアンと出会った。働きながら、ここが好きだと思った。
独立していく人も多い仕事。修行を続ける先、西野さんにもサントアンを離れて自分のお店を持つ機会が訪れ、また、そのお店を閉めるという経験もした。
「今まで夢であった自分のお店を閉めるって決めた時、それはやっぱり大きくて。他の職種にと考えたりもしたんですけど、やっぱりこの仕事が、やっぱり好きなんですよね。やっていたいなって。それはもう、私の中ではこの仕事で就職するって決めたこと自体が大きくて。これでやっていけるかなぁとか、就職活動の中で色々悩んだり迷ったり、いろんな人に話を聞いたりアドバイスを受けて、この仕事、お菓子の仕事をするって決めたことが、自分の中では大きかったんで」
お菓子を作る仕事に、戻ってきた。やっぱり好きだ、という気持ちと、悩み抜いて「お菓子の仕事をする」そう踏み出した、高校生の頃の決意が響いてきて。
「戻っておいで」会長の言葉もあり、再びサントアンの厨房に立った。
「ここで働いている方は本当にいい方です。みんないい人たちばかりで本当にすごいなって。全然何にもわからず入らせてもらって、毎日毎日学んでいく中で、素材のことや人のこと、サントアンが大切にしていることが、あぁすごく大切、いいことだなって思うことがいっぱいあるから。ここに大切にしていることがあるから、ここで働いていたいなぁっていうのがあるんだと思います」
朝早く来て、厨房の消毒をして拭き上げたり、食堂の食器を片して掃除をしたり。誰も見ていないところでも、西野さんは働く。ケーキ作り以外にもみんなの関係を繋げたり、日々がスムーズに動くように動く。華やかではないけど絶対に必要という場面を、いつも西野さんが見ている。社長がそう、西野さんからは語られない彼女の側面を伝えてくれた。
厨房でも様々な部門を経て、今はケーキの仕上げ部分を担当している。「仕上げが好き?」と尋ねると、西野さんは「仕上げも好き」と答えた。「ホイップ、泡立てるのも好きですし、もう好きなお菓子に携われていること、そういったことも好きですし」
「大切にしていることは、今ですね。今を幸せで、充実した毎日を健康で楽しく暮らしていること、それがやっぱり大切やなって」迷って、立ち止まって、悩んで、また歩く景色の中だからこそ感じる、今あるよろこび。
今この時の手元に心を置いて、西野さんは今日も叶えてきた夢をいく