田中浩二朗さん(サントアン パティシエ)
「今、ケーキ作ってますね。美味しいケーキ作れてるなって思います」
田中さんが発する言葉には、手応えがある。
「“思ったようにやっていいよ、任せます”って言ってくれるんで、自分が感じて、これがいいって思った結果だったら、そういう風に進めていい」サントアンで感じている働きやすさを、田中さんはこんな風に言葉にした。「自分が感じて」と言うとき、胸に手をあてながら。
一緒に働く人、厨房で起こっていることに向けて視野を広く置こうと努めながら、自分はどう感じているか、疎かにせず確かめている。ほとんどの問いかけに対して、間を置くことなく答えが出てくる姿に、何かに譲ることなく、自分で立って感じて決めてきた足取りが透けて見える気がした。
田中浩二朗さんは、サントアンに勤めてこの春で丸2年。製菓学校を卒業してから、ホテル、結婚式場、ケーキの卸し会社と様々な場所でパティシエとして修行を積んできた。この場所ではこの技術を身につける。そう目的を持って積み重ねてきた道だが、2年前には一度、諦めそうにもなっていた。
「大阪で卸しの会社をやっている時、実家では父親と祖母が2人暮らしだったんです。まだ元気なんですけど、たまに帰った時に気になるものがあるなと思っていて。名古屋にいる兄は、もう帰らないと意思を聞けたんで、じゃあもう帰ろうって」
仕事を辞め、奥さんとお子さんと一緒に篠山の実家へ帰った。「2、3ヶ月くらい無職で、奥さんのお義父さんの土木会社で働いて、どうしようかなぁ…って。子どもも産まれたタイミングだったんで、ケーキ屋を続けられなくてもしょうがない。ケーキの仕事がなければ趣味として作ればいいし、また違う形で携われればいいかなって。ちょっと逃げていたんだと思います」
子どもの頃から、ケーキを作ってくれる母親やお姉さんを真似て、友達の誕生日にケーキを作っていくほどお菓子作りが好きだった。「お菓子の学校行きたいなぁ、パティシエ、かっこいいやん」踏み出して進んできた10年間。“しょうがない”と田中さんが口にした時、お話を聞きながら胸の奥がじわっと熱くなった。
「厨房で起こったこと、自分達が関わった仕事で起きた問題は全部自分のせいって思っていて。私触ってないから関係ないです、みたいなのがすごく嫌で、問題ごととかは自分達で解決してやっていかないと」そんな思いがベースにある田中さんだ。
お父さん。家族。逃げていたんだと思う、という言葉の向こう側で、パティシエを諦めたとしても大切にしたいものを、はっきりと見ていたんだと思う。
「3月忙しいからバイトせぇへん?」そんな時、田中さんの父親の高校時代からの親友、サントアンの会長から電話があった。そこから働き始めて丸2年。「ここに来られたのは、拾ってもらったって思っているので、その恩返しがしたい。お店が盛り上がって、みんなが幸せになれるようなお店作りができたら」
これまでホテルで大人数に料理を提供する厨房を回したり、結婚式場でウェディングケーキを作ったり、ホテルやレストランの注文を受けてケーキを卸す会社で働いたりと経験を積んできた。けれど、サントアンでの経験はまた新しいものになった。
他社のレシピでは業者から仕入れた下地に手を加えていくことが多いパイなどのメニューでも、サントアンではなるべく全部一から自分達で作っていく。「ここ2年間ですごい勉強させてもらっていて、ちゃんとしたケーキ作りができ始めた。やっとパティシエやってるなって」その中で、自分が大切にしていることも見え始めた。
「新しいケーキを作るとき“これは誰のために作ってて、どんな場面で食べてもらうのか”っていうのを考えるようにしています。既存の商品でも、季節だったり、こういう時に食べてほしい、どんな人が食べるんだろう、と。それは大切にしていることです。」
やっとパティシエやってるな、そう実感できる日々、ケーキ作りの感性も開かれていく。「今まで、自分が作って美味しいと思ったらすぐ商品になって売っていたんですけど、今はいろんな人に食べてもらって、この人は美味しいって言ってくれるけど、この人からしたら甘すぎるというのを聞いて、自分が作りたいケーキと人の意見を寄せていくということができ始めているかなって。じゃあこう変えようっていうのが、頭の中でも組み立てていける」
頭の中でも組み立てていける、それはケーキの仕上がりに向かって、素材のバランスや製造の行程を具体的にイメージできるということ。考えて、想像して、観察して、経験と、理解と、その積み重ねに導かれて。
「今、ケーキ作ってますね。美味しいケーキ作れてるなって思います」
はっきりと言葉になる。
サントアンで働き始めてから、家で仕事の話を聞いていた奥さんから「楽しい会話が多いね、みんな友達みたいだよね」そう言ってもらえることがあったそう。お店のみんなと仲良く仕事ができてる?という問いに田中さんは「はい!…と、思ってます」と笑った。
今、メインで担当しているのは焼き場。焼き菓子や生地調整を担う、お菓子の根幹。その場所を変わらず見ながら、より現場全体を見られたら。みんなが仕事しやすい環境を自分から発信できたら。これからについて田中さんに聞くと、そう答えがやっぱりすぐに返ってきた。
田中さんの実家には、田中さんが産まれる前に、田中さんのお父さんが自分で建てたログハウスがある。そこに触れ育った。「わりかし何でも出来るんだって。自分で調べて、わからなかったら聞いて、とりあえず自分でやってみよう。行動的なところは父親と似てるのかな」
自分の手への、正確な信頼がある人。
みんなが幸せになれるようなお店に向けて、今日も一歩。